いろいろ 尾花藍子 その1
(聞き手:KEKE / 2016.4.18)
私にとって、人は螺旋階段の上にいるような感じなのかも。
まえに一度経験したことを、時間が巡り巡って、同じことを繰り返しているように感じるけど、でも実はそれは以前に経験したことじゃない。それは今の自分にしか感じられない出来事で、同じようなところに戻ってきたように見えて実は違う次元に立っている。その単位はひとそれぞれで、一年で戻ってくる人もいれば、そうじゃない人もいる。
私は、作品を作りだして、初めて生まれたような気がしていて。私が初めて生まれたとき、初めて自分の体を通して何かを表現しだしたとき、いま、その時の感じに戻りつつあるような感触があって。現在は、最初に作品を作り始めたときからぐるっと二周目あたりに立ってるような気がしていて、いったん個の体の意識にもう一度戻って感触を確かめている感じ。
もちろん、ここ2~3年間は他人の体を通して、振付という形で体を掘り起こしていたから、前と全く同じ場所に立っているわけじゃないけど。そうなってはいけないと思ってるし。今は自分の体を通して探ることと、他人の体を通して探ることと、両方を兼ね備えていると思う。
玄関を出たときとか、以前なら周りの空気と、なんかこう、ピリピリと、拮抗?するみたいに関係してた。でも今はもっと色々種類があって、なじんだり、ふわぁって、その周りの空気を受け入れたりするようになった。「いらっしゃいませ~」って感じ。
自分と、自分の周りにある空気とがどのように在るかをちゃんと感じながら今は生活してる。
でも、そういう皮膚感覚を研ぎ澄ませてないと、人間って本当に命取りになると思ってる。それは作品を作るときも、とても気にしているところでもある。
引きこもっていた時のわたしを、「今の私」から見た時の色、一番左の青。その当時の部屋の感じとか、見ていた視界を思い浮かべた時の色。
玄関を出た時の、皮膚感覚に意識をした瞬間の、その色、真ん中の赤。
「いま」「この時」の私の色、黄色。
楽しい時は、なんとなく、黄色。